顧問先との「言った言わない」は、税理士の負け。身を守る“証跡(エビデンス)”を残すIT活用術

1. はじめに

「先生、その件は先週のお電話でお願いしましたよね?」

「いや、メール送ったはずですけど、見てないんですか?」

顧問先とのコミュニケーションにおいて、こうした認識のズレは避けて通れない課題です。しかし、いわゆる「言った言わない」の水掛け論になった時、実務の現場で「説明や立証を求められる側」になるのは、私たち税理士ではないでしょうか。

単なる連絡ミスならまだしも、以下のようなケースでは事務所の信用問題に関わります。

・「追加報酬が発生するとは聞いていない」という請求トラブル

・「今期から納税方法を変えると伝えたはずだ」 という手続きミス

たとえお客様の勘違いであったとしても、こちら側に「第三者が確認できる客観的な記録(証跡)」がなければ、経緯を証明し、事務所の正当性を主張することは困難です。

本記事では、万が一のトラブルから事務所を守り、かつ顧問先との信頼関係を維持するための「証跡管理」の手法について解説します。

精神論や記憶力に頼るのではなく、ITを活用して「説明責任を確実に果たせる仕組み」を構築するための実践論です。

2.なぜ「メールと電話」だけでは、証跡として不十分なのか

多くの事務所では、顧問先との連絡手段としてメール、電話、チャットツール(ChatworkやLINEなど)を使用されていると思います。

これらは「連絡手段」としては非常に優秀であり、メール履歴そのものも法的に有効な証拠となり得ます。

しかし、「証跡(エビデンス)を管理する」という実務上の観点では、構造的な弱点を抱えています。

※メール自体が証跡として弱いわけではなく、案件単位でまとまっていない(散逸しやすい)という運用上の弱点が問題なのです。

本記事でいう「証跡」とは、単なるログではなく、「依頼内容・回答・経緯が、第三者にも追える形で保存されている記録」を指します。

① 「個人のメールボックス」では、組織として説明責任を果たせない

最大のリスクは、コミュニケーション履歴が「担当者個人の持ち物」になってしまい、組織として管理できない点にあります。

担当者のメールボックスや個人の携帯電話に蓄積されたやり取りは、いわばブラックボックスです。これは担当者個人の責任ではなく、「個人のツールでしかやり取りできない組織の仕組み」に原因があります。

もし、担当者が急な体調不良や退職で不在となった場合、事務所はどうなるでしょうか。

・「前の担当者に伝えたはずだ」と言われても、誰も確認できない

・引継ぎ資料には結論しかなく、「なぜその処理に至ったか」という経緯が不明

このように情報が担当者に閉じてしまっている状態では、組織としての説明責任を果たすことができません。これは「属人化」という言葉以上に、「リスク管理の欠如」と言える状態です。

② 件名の不統一とスレッド分裂による「情報の散逸」

もう一つの問題は、メール特有の構造にあります。

税理士業務では、一つの申告や相談に対して、何度もやり取りが発生しますが、メールでは以下のような混乱が日常茶飯事です。

(1)件名がバラバラ:「Re: お世話になります」「Re: Re: 件名なし」などで返信され、どの案件の話かわからない

(2)スレッドの分裂:別の話題が混ざったり、新規メールで返信がきたりして、話の流れが分断される

(3)期限の埋没:資料提出の期限が、3ヶ月前のメール本文にしか書かれていない

メールやチャットは、時系列で流れていくツールです。

「お世話になります」といった挨拶の中に、税務判断に関わる重要な条件や期限が埋もれてしまうと、後から検索して経緯を追うのに膨大な時間を要します。

連絡手段としてのメールは否定しませんが、「案件の記録」としては不十分なケースが多々あります。

トラブルを防ぐためには、情報を「時系列(フロー)」ではなく、「案件単位(ストック)」に集約して管理する仕組みへ切り替える必要があります。

3.「人ごと」ではなく「案件ごと」に記録する

前章でお伝えした通り、証跡管理の本質は、ツールの機能ではなく「情報の切り方(管理単位)」を変えることにあります。

① 「A社長とのチャット」という管理をやめる

多くの事務所で陥りがちなのが、「顧客ごと(人ごと)」にスレッドを作ってしまうパターンです。

例えば、チャットツールで「株式会社〇〇様」というグループを作り、そこで全てのやり取りを行っていないでしょうか。

これこそが、情報が埋もれる最大の原因です。

一つのスレッドの中で、「来訪日の調整」「資料の催促」「年末調整の質問」「世間話」が混ざり合うと、後から特定の「決定事項」だけを抜き出すのは至難の業です。

② 「案件単位」で箱を作る(チケット管理の発想)

トラブルを防ぐためには、情報を時系列ではなく「案件単位(トピック単位)」で区切って管理する必要があります。

    × 人単位: 「A社長とのやり取り」

    〇 案件単位:

     ・[株式会社A] 第10期 決算申告

     ・[株式会社A] R5年 年末調整

     ・[株式会社A] 簡易課税制度選択届出書の提出

     ・[株式会社A] 創業融資サポート

このように、「一つの依頼につき、一つの箱(スレッド)を用意する」のが鉄則です。

箱を作るタイミングは、「依頼が発生した瞬間(資料請求・質問・修正依頼など)」と決めておくと運用が安定します。

▼ 案件管理のイメージ

(1)案件発生:「第10期 決算申告」という箱(チケット)を作る

(2)やり取り:資料催促、質疑応答、進捗報告をすべてその箱の中で行う

(3)完了:申告が終わったら箱を「完了」ステータスにする

このように案件単位でやり取りが独立していれば、「昨年の年末調整で何を言ったか」を確認したい時、その「箱」を開けるだけで済みます。過去のメールを検索する必要はもうありません。

※実際、多くの事務所では「去年の扶養控除の変更メール1通」を探すのに10〜30分かかっており、案件単位で箱を分けるだけでこの浪費時間がゼロになります。

③ 「完了(クローズ)」の概念を持つ

案件単位で管理するもう一つのメリットは、「ステータス(状態)」が見えることです。

メールやチャットには「完了」という概念がありませんが、案件管理なら「対応中」か「完了(解決済)」かを明確にできます。

なお、この「完了」ボタンを押すのは、顧客ではなく「事務所の担当者(または上長)」とルールを決めておきましょう。顧客からの返信が途絶えていても、事務所側で「解決済み」と判断するまではクローズしないことで、対応漏れを確実に防げます。

4.ツール選びの基準は「透明性」と「検索性」

「案件単位の管理」を実現するために、どのようなITツールを選ぶべきか。

必ずしも高機能で高額なCRM(顧客管理システム)である必要はありません。重要なのは、以下の2点を満たしていることです。

① 「CC」ではなく「共有ボード」で管理する(透明性)

メールの「CC」に入れて共有したつもりになっていませんか?

CCはあくまで「写し」であり、組織の資産にはなりません。担当者がメールを削除すれば終わりですし、途中から参加したスタッフは過去の経緯を見れません。

必要なのは、「チーム全員がいつでもアクセスできる掲示板(共有ボード)」のような場所でやり取りすることです。

具体的なツール名は挙げませんが、「タスク管理ツール」「プロジェクト管理ツール」あるいは「簡易CRM」など、案件ごとに専用スレッド(掲示板)が立ち上がるタイプのものが適しています。

これなら、担当者が不在でも、他のスタッフが履歴を見て「その件は〇月〇日に資料を頂いております」と即答できます。

② 「添付ファイル」も経緯と一緒に残る(検索性)

「言った言わない」だけでなく、「渡した渡してない」もよくあるトラブルです。

コミュニケーションツールとファイル管理が分断されていると、「指示はチャット、資料はメール」といったねじれが起きます。

選ぶべきは、「やり取り(証跡)」と「関連資料」がセットで保存できるツールです。

・なぜこの申告書はこの数字なのか?(顧客からの修正依頼チャット)

・なぜこの届出書を提出したのか?(メールでの意思確認ログ)

この「ファイル」と「理由(会話)」がセットになって初めて、強い証跡となります。「この案件の箱を開ければ、会話も資料も全部そこにある」。この状態を作ることが、検索時間をゼロにする唯一の解です。

※また、税務実務では“期限”が命なので、案件ごとに期限を設定し、期日が近づくと担当者にリマインド通知が飛ぶ機能があると、運用がより安定します。

5.おわりに:税務調査と同じで、“言った・言わない”は証跡がすべて

ここまで、事務所を守るための「証跡管理」について解説してきました。

税務調査において、どんなに口頭で説明しても「エビデンス(証憑)」がなければ否認されるのと同じで、顧客対応においても「記録なき合意」はリスクそのもの**です。

しかし、いきなり全ての顧問先とのやり取りを新しいツールへ移行するのは現実的ではありません。

推奨するのは、以下のステップでの「スモールスタート」です。

▼ 導入のミニロードマップ

(1)対象選定:「管理コストが高い1社(連絡手段が多岐にわたる顧客など)」を選ぶ

(2)試験運用:その顧客とのやり取りだけ、メールではなく「案件フォルダ(チケット)」に集約してみる

(3)効果実感:「検索の手間が消えた」「担当者以外も経緯がわかる」というメリットを確認する

(4)全体展開:実績をもとに、他の顧客へも広げていく

※顧客への案内に迷う場合は、「連絡の行き違いや漏れを防ぐため、今後は案件ごとに専用のスレッドで管理させていただきます」と伝えるとスムーズに移行できます。

この実務上のメリットを一度でも体感できれば、所内での反対意見も出にくくなり、標準化へのハードルはぐっと下がります。

まずは明日、「1社、1案件だけ」で構いません。

個人の記憶ではなく、事務所の資産としての「案件フォルダ」を作ることから始めてみてはいかがでしょうか。