「質問対応」で所長の時間が奪われていませんか? よくある税務相談をQ&A化して、社内Wikiで自己解決させる仕組みづくり

1. 「ちょっといいですか?」問題の正体

「所長、今ちょっといいですか? この領収書の件なんですけど…」

「先生、〇〇社長からお電話です!」

申告業務や経営判断に集中しようとした矢先、スタッフが席に来たり、電話が鳴ったりして思考が中断される。

一つひとつは数分で終わる会話かもしれませんが、それが1日に10回、20回と積み重なれば、あなたの時間は細切れになり、本来やるべき「付加価値の高い業務」は定時後に回さざるをえなくなります。

「聞く前に自分で調べてほしい」

そう思っても、スタッフに悪気はありません。彼らなりに調べた結果、過去の事例が見つからず、確実な正解を持っている「あなた」に直接聞くのが最短ルートだと判断しているからです。

この状況を作り出している真犯人は、スタッフの能力不足ではなく、事務所内の「情報のあり方(構造)」にあります。

① 「口頭」と「チャット」の海で溺れる現場

多くの事務所では、社内コミュニケーションは「対面(口頭)」、顧客対応は「電話・チャット・メール」が混在しています。

これらはすべて、「その場限りで流れて消えてしまう情報(フロー)」です。

「あの時、口頭でどう指示したっけ?」

「チャットで回答した内容、どこに行ったかな…」

貴重な判断やノウハウが、空気中やタイムラインの彼方に消えてしまい、二度と検索できない状態になっていないでしょうか。

情報がストック(蓄積)されていない環境では、スタッフは「過去の知恵」にアクセスできず、毎回「人(所長)」にアクセスするしかありません。これが、同じ質問が繰り返される構造的な原因です。

② 目指すのは「整理せずに放り込む」だけの検索革命

理想的な状態とは、スタッフが疑問を持った瞬間に、所長の席に来るのではなく「社内のデータベース」に問いかけ、自己解決できる環境です。

「そんな立派な社内Wikiを作る時間も、メンテナンスする余裕もない」

そう思われるかもしれません。しかし、Googleの無料ツール「NotebookLM」などを活用すれば、過去の資料やメモを「整理せずにただ放り込むだけ」で、高精度な検索システムを構築することが可能になっています。

本記事では、最新のAIツールを活用しつつ、根本的に「質問を減らす」ための仕組みづくりについて解説します。

2. 丸投げ質問を消す「質問の3点セット」

「情報をストックしよう」と決めても、蓄積される質問の質が低ければ、それはただのゴミ捨て場になってしまいます。

ツールを導入する前に、まずは「質問そのものの質」を整えなければ、検索革命は起こせません。

① 「これ、交際費ですか?」は最悪の質問

「所長、この領収書って会議費ですか? 交際費ですか?」

スタッフが領収書片手に、いきなり席に来てこう聞く。

これに答えるためには、所長が「誰と行ったの?」「目的は?」とゼロから事実確認を行わなければなりません。これでは時間がいくらあっても足りません。

「良い回答は、良い質問からしか生まれない」。

これは対面コミュニケーションにおいても変わらない鉄則です。

② 質問の「3点セット」を義務化する

質問をする際は、いきなり口頭で話しかけるのではなく、まずチャットやメモで以下の3点を送る(または持参する)ことをルール化しましょう。

(1)【Fact(事実)】:取引内容、金額、相手先、日付など。

(2)【Tentative Answer(結論案)】:自分はどう処理すべきだと考えるか。

(3)【Basis(根拠)】:条文、通達、過去の類似事例など。

▼ 実務での質問例

【Fact】 3/1にA社へ取引先紹介料として5万円を支払った。

【Answer】 交際費ではなく「支払手数料」として処理したい。

【Basis】事前の契約に基づいた情報提供料であり、通達〇〇の基準に合致するため。

このように、「どうすればいいですか?」を禁止し、「私はこう思いますが、合っていますか?(Yes/Noで答えられる形式)」でのみ受け付けるようにします。

この「言語化」のプロセスを経るだけで、安易な質問はフィルタリングされ、スタッフの「調べる力」が養われます。この土台があって初めて、次章で紹介するAI活用が活きてくるのです。

3. 整理しないWiki。放り込むだけのAIナレッジ

質問の質が整ったら、次はその回答を「ストック(蓄積)」するフェーズです。

しかし、ここで多くの事務所が挫折します。「フォルダ分けやタグ付けが面倒で続かない」「いちいちWikiツールを開いて入力するのが手間だ」という壁です。

断言します。忙しい所長が「自ら情報を整理する」のは不可能ですし、その必要もありません。

これからのナレッジ管理は、人間が構造を作るのを諦め、「ただ放り込んで、AIに探させる」スタイルへと転換すべきです。

① 最大のメリットは「ソースをこちらで指定できる」こと

ここで活用するのが、Googleの無料AIツール「NotebookLM」です。

このツールがChatGPTなどの汎用AIと決定的に違うのは、「回答の元ネタ(ソース)を、私たちが指定したファイルだけに限定できる」という点です。

ネット上の不確かな情報ではなく、「事務所の信頼できるマニュアル」や「所長が過去に下した判断」だけをソースとして読み込ませる。

AIはその「指定された範囲内」からしか回答しないため、勝手な嘘(ハルシネーション)をつくリスクを極限まで排除できます。この「情報の囲い込み」ができる点こそが、正確性が命である税務実務において、NotebookLMが最適解となる理由です。

② ドラッグ&ドロップで「あらゆる形式」を放り込む

運用も極めてシンプルです。

NotebookLMは、PDF・Word・画像・テキストなど、実務で日常的に扱うほぼ全形式の資料をそのまま読み込ませることができます。

(1)過去の申告書や届出書のPDF

(2)業務マニュアル(Word)

(3)税務通信の切り抜き(画像)

スタッフとのQ&Aを記録したテキストメモ

わざわざ文章を書き直したり、フォーマットを整える必要はありません。「形式を気にせず、とりあえずここに入れておく」。この手軽さこそが、忙しい現場で運用を定着させるための絶対条件です。

(※Googleドライブを使っている場合は、必要に応じてDriveから直接ファイルを選んで追加することもできますが、必須ではありません)

4. まずはAI検索。質問をフィルタリングする仕組み

最強の検索ツール(NotebookLM)を用意しても、スタッフが使わなければ意味がありません。

導入後は、事務所内の質問ルールを「検索ファースト」に切り替えることが重要です。

① 質問の「0次受け」をAIに任せる

これまで所長の席に向かっていた「これどうすればいいですか?」という足を、まずは「NotebookLMによる過去事例の検索」に向けさせます。

(1)Step 1:スタッフは疑問を持ったら、席を立つ前にNotebookLM(または社内Wiki)で検索する。

(2)Step 2:AIが提示した「過去の回答」や「マニュアル」を確認する。

(3)Step 3:AIが示した「引用元(根拠資料)」を確認**し、それでも解決しない場合のみ所長へ質問に行く。

AIは必ず「どの資料のどこに基づいているか」を表示します。スタッフはその根拠を確認するだけでよく、所長は「スタッフの立てた仮説が妥当かどうか」の最終判断のみを行えばOKです。

AIは万能ではありませんが、「検索の出発点」としては非常に優秀です。重要なのは、「所長に聞く前に、ワンクッション挟む」という習慣づけです。

② 所長への質問は「検索結果」を添えて行う

もし検索しても解決できず、所長に質問する場合でも、統一フォーマットを設けます。

それは、「AI(過去の事例)はどう答えたか」をセットで報告させることです。

▼ 質問フォーマット例

【Fact(事実)】 A社の交際費について迷っています。

【Result(検索結果)】NotebookLMでは「過去事例B(会議費処理)」が提示されました。

【Gap(自分の考え)】 しかし、今回は金額規模が異なるため、事例Bは適用できないと考えます。所長の判断を仰げますか?

こうすることで、スタッフは「提示された情報を検証する」というプロセスを通じて、自ら考える訓練を積むことができます。

所長にとっても、「調べるだけの単純な質問」が消え、「判断が必要な高度な相談」だけが上がってくるようになるため、業務の質と育成スピードが同時に向上します。

5. 小さく始めて定着させる「継ぎ足し運用」

ここまで「質問の型化」や「NotebookLM活用」についてお伝えしてきましたが、いざ導入しようとすると「誰がその資料を登録するんだ?」という懸念が出てくるかもしれません。

重要なのは、所長が「入力作業をしなくていい」運用を目指すことです。

所長の仕事は「判断すること」であり、「データを登録すること」ではありません。

① 更新作業は「質問したスタッフ」に任せる

最も効率的な運用は、以下の3ステップで回すことです。

(1)スタッフが所長に質問する。

(2)所長が口頭で回答する。

(3)質問したスタッフが回答をメモし、NotebookLMに追加する。

「今の回答、忘れないようにメモしてNotebookLMに入れておいて」

この一言だけで十分です。

スタッフは自分の備忘録としてメモを作りますし、それをアップロードするだけでAIが学習してくれます。

所長は一切手を動かさず、日々の業務の中でスタッフの手によって自然と「所内専用AI」が育っていくサイクルが出来上がります。責任者は「検索できる状態が維持されているか」だけを確認すればOKです。

② 「メンテナンス」はしない。「継ぎ足し」でいい

マニュアル管理で一番大変なのは「情報の更新」です。

しかし、AI運用のコツは、「古いファイルを直さず、新しいファイルを追加する(日付を入れる)」ことです。

AIなどの検索ツールは、新しい情報を優先してくれるとは限りませんが、質問時に「最新の日付の情報を基に」と指定することで、混乱を防ぐことができます。「メンテナンス」という概念を捨て、「継ぎ足し」で運用する。これなら、忙しい所長でも続けられるはずです。

6. おわりに

本記事のまとめです。

・質問対応が終わらない原因は、口頭や電話などの「フロー(流れる)」情報に依存しているから

・ツール導入の前に、まずは「質問の型(3点セット)」を定義して丸投げを防ぐ

・整理や分類は人間がやらず、「NotebookLMなどのAI」に任せて検索させる

NotebookLMの最大の強みは、ChatGPTのような不確かな回答ではなく、「こちらが指定した資料だけを根拠に回答する」という一点にあります。だからこそ、正確性が求められる税理士実務において、最強のパートナーになり得るのです。

とはいえ、いきなりAI化と言われても不安ですよね。

まずはAIではなく、「質問の型(3点セット)」を所内で周知することから始めてみてはいかがでしょうか。

その小さなルールの変更が、あなたの事務所から「同じ質問」が消えていく初日になるはずです。