1. 毎年繰り返される「繁忙期のカオス」はなぜ防げないのか?
「A社の年末調整、今どのくらい進んでる?」
「資料は届いているんですが、実は一部不足があって…とりあえず今日中に一次入力までは終わらせます」
11月から3月にかけて、多くの税理士事務所では、こうした「進んでいるようで、実は止まっている会話」が繰り返されています。
膨大な業務量、迫りくる申告期限、そして突発的な顧客対応。
現場は目の前の処理に追われ、マネージャーであっても全案件の正確な状況をリアルタイムで把握することは困難になります。結果として、特定のスタッフに業務が偏っていても気づけず、期限直前になって初めて対応に追われるケースも少なくありません。
「この時期は忙しくて当たり前」と、業界全体で受け入れられてきた慣習かもしれません。
しかし、毎年同じような混乱が繰り返されるのであれば、それは個人の能力不足や努力不足ではなく、従来の手法のままでは対応しきれない「構造的な限界」に来ている可能性があります。
多くの事務所が陥りやすいのは、年末調整や確定申告という業務を、単なる「個人のタスクの集合体」として捉え、各担当者の裁量と頑張りに依存して消化しようとしている点にあります。
しかし、数百件の申告を短期間に、かつ品質を落とさずに完了させるというミッションは、もはや個人のToDoリスト管理だけで完結できる規模ではありません。
複数の工程が複雑に絡み合い、期限という絶対的なゴールに向けてチームで動くこの業務は、工学的なアプローチで制御すべき「一つの巨大なプロジェクト」と言えます。
本記事では、この繁忙期特有の難題を「プロジェクト管理」の視点で分解し、属人化を防ぎながら組織として乗り切るための具体的な管理手法について解説します。
2. 確定申告を「見えない塊」にしない。プロジェクト管理の第一歩は「分解」
繁忙期にマネジメントが機能しなくなる最大の要因は、個々の進捗状況が客観的に見えなくなる「ブラックボックス化」にあります。
「〇〇社の申告、どうなってる?」と聞いたとき、「今やってます」「9割方終わってます」といった報告を受けることはないでしょうか。
しかし、蓋を開けてみると「実は重要書類が1枚足りず、完了できない」という状態だった…。これが、感覚的な報告の限界です。
この「見えない状態」を脱するために有効なのが、**業務を細かく切り分ける「分解(WBS)」**という考え方です。横文字で難しく感じるかもしれませんが、要は「作業の地図」を作ることと同じです。
① 「1つの巨大なタスク」として扱わない
多くの現場では、「株式会社A社の確定申告」を1行のToDoリストとして管理しがちです。
しかし、実際にはその一行の中に「資料回収」「入力」「監査」「申告」といった、性質の異なる工程が複数含まれています。
これらを分解せず「A社:仕掛中」というざっくりとしたステータスだけで管理していると、あとどれくらいで終わるのか、客観的な距離感が掴めなくなってしまいます。構造上、誰が悪いわけでもなく「進んでいるようで進んでいない」状況が生まれやすくなるのです。
② 工程を「標準化」して共通言語にする
まずは、ブラックボックスになりがちな業務を、誰が見ても分かるレベルまで「フェーズ(工程)」に分解してみましょう。
事務所全体でこの「区切り」を統一し、共通言語にすることがプロジェクト管理の第一歩です。
・フェーズ1:資料待ち(未着手)
– まだ作業に入れない状態。
・フェーズ2:入力進行中
– 手を動かしている最中。
・フェーズ3:監査・レビュー待ち
-担当者の作業は完了し、上長のボールになっている状態。
・フェーズ4:申告完了
※上記は一例です。事務所の方針に合わせて「最終検印」や「電子申告」などの工程を追加・調整しても構いません。重要なのは、全員が同じ定義で進捗を語れることです。
このように工程を明確に分けることで、「A社は今、フェーズ3(監査待ち)で止まっている」と、状況をピンポイントで特定できるようになります。
「進捗どう?」と個別に聞く必要がなくなり、管理表を見るだけで「監査待ちが滞留しているから、ヘルプを回そう」といった、全体最適の判断が可能になります。これが、業務を「分解」する最大のメリットです。

3. スタッフを守るための「信号機」。現場が疲弊しないKPI設定
「プロジェクト管理」の器(WBS)ができたら、次はそれが正常に動いているかを確認するための「基準(KPI)」が必要です。
KPIというと「売上目標」や「ノルマ」を連想しがちですが、繁忙期におけるその役割は全く異なります。
それは、「現場のパンクを早期に検知し、手遅れになる前にチームでカバーし合うためのセンサー」です。
① 「売上」ではなく「生産」の数字を見る
通常期であれば「顧問獲得数」などが指標になりますが、繁忙期というプロジェクトにおいては、見るべき数字を切り替える必要があります。
重視すべきは「どれだけ稼いだか」ではなく、「どれだけ業務が滞りなく流れているか」です。
感覚的な「頑張り」や「残業時間」だけで評価しようとすると、特定の人に負荷が偏っていても気づけないことがあります。
そうではなく、客観的な「進捗の数字」を見ることで、誰かが限界を迎える前に、適切なサポートや業務の再配分を行うことが可能になります。
② 繁忙期に追うべき「3つの実務KPI」
では、具体的にどのような数字を追えばよいのでしょうか。現場の負荷を平準化し、チームを守るために有効な指標は、主に以下の3つです。
(1) 資料回収率(着手可能率)
・ 全案件のうち、何割の資料が揃ったか。これが低いと、後半に業務が集中することが予測できます。早期にアラートを出し、顧客への案内を強化するなどの対策が打てます。
(2) 工程別完了率(フェーズ進捗)
・「入力完了率」「監査完了率」と工程ごとに数字を見ます。「入力は順調だが、監査で止まっている」といった“詰まり”の場所を特定し、ボトルネックを解消します。
(3) 差し戻し発生率(手戻り率)
・監査担当者から入力担当者への差し戻し頻度です。この数字が高い場合、業務ルールの共有不足や、顧客側の資料不備など、複数の要因が絡んでいるサインかもしれません。
これらの数字は、スタッフを監視するためではありません。
「Aさんの進捗が遅れている」と個人を責めるのではなく、「全体的に入力が遅れ気味だから、チーム内で応援を出そう」と、組織として助け合うための判断材料にするのです。

4. 計画を絵に描いた餅にしない。「期限逆算」の現実的な管理ライン
業務を分解(WBS)し、判断基準(KPI)を決めたら、最後に必要なのはそれを時間軸に落とし込む「スケジュール管理」です。
ただ、ここで重要なのは「管理の濃淡」です。数百件ある顧問先すべてについて詳細な工程表(線表)を引き、毎日更新するのは現実的ではありません。管理コストが膨大になり、更新作業だけで手一杯になってしまうからです。
現場の負荷を上げずに納期を守るためには、「全体像の把握(マクロ)」と「個別の進行(ミクロ)」を明確に使い分けるのが鉄則です。
① 「全体」と「重点案件」だけを線で管理する
個人のタスク管理では「今日できることからやる」になりがちですが、繁忙期プロジェクトでは**「期限から逆算して内部締切を設ける」**ことが重要です。
全ての案件を均一に管理するのではなく、以下の優先順位でメリハリをつけます。
(1)全体マイルストーン(全体ガント):
チーム全体で「2月中旬までに資料回収率80%を目指す」「3月1週目には監査待ち滞留を解消する」といった、大きな目標線を引きます。(※数値目標は、事務所の規模や人員体制に合わせて無理のない範囲で調整してください)
(2) 重点案件の個別管理:
「連結納税が絡む案件」や「複数部署が関わる大規模案件」など、進行が複雑で遅延リスクが高い案件のみ、個別にガントチャートを引いて厳密に管理します。
(3) 通常案件のバッファ設定:
その他の一般的な案件については、個別に線を引かず、申告期限の「3日前(最低でも2日前)」を所内の完了目標(内部締切)とするシンプルなルールを適用します。この空白期間が、突発的な修正や体調不良時のセーフティネットになります。
② 進捗確認は「追求」ではなく「軌道修正」の場にする
計画を立てても、実務では必ずズレが生じます。重要なのは、ズレた後に担当者を責めることではなく、**ズレが小さいうちにチームで吸収すること**です。
会議で「なぜ遅れているんだ」と原因を問うよりも、チャットツールや朝の短いミーティングで「予定より遅れた分、今日どうリカバーするか」「手が空いているメンバーはいないか」を淡々と調整する方が建設的です。
WBSとKPIという「共通の物差し」があることで、「A社が監査待ちで止まっています」の一言だけで状況が伝わり、「じゃあBさんがヘルプに入ろう」と即座に判断できます。
イチイチ状況説明をする時間を省き、調整コストを劇的に下げること。これこそが、繁忙期を無事に着陸させるプロジェクトマネジメントの要諦です。
5. 「Excel管理」の限界と、システム化を検討すべきタイミング
ここまで解説した「分解(WBS)」「基準(KPI)」「工程(スケジュール)」の3つは、工夫次第でExcelやスプレッドシートでも十分に実践可能です。Excelは非常に優秀なツールであり、これらを使ってうまく回している事務所も数多く存在します。
一方で、事務所の規模が拡大し、関わるスタッフや案件数が増えるにつれて、表計算ソフトでの管理にはどうしても構造的な限界が見えてくるのも事実です。
あくまで現場の目安ですが、「スタッフ数が増えて同時編集が頻発するようになった」、あるいは「申告件数が増えてシートが重くなってきた」といったタイミングが、運用を見直す一つの分岐点と言われることが多いようです。
もし現場で以下のような兆候が出ていたら、それは管理手法をアップデートするサインかもしれません。
① 「同時編集」の遅延とファイルの整合性
Excel管理で多くの現場が直面するのが、ファイル共有の問題です。
繁忙期には複数人が同時にアクセスするため、編集が衝突して保存できなかったり、意図せず古いデータを参照してしまったりするリスクが高まります。
これはスタッフの不注意ではなく、仕組み上どうしても避けられない構造的な課題です。
こうした確認作業が積み重なると、集中力が削がれ、結果として「管理のための管理」に多くの時間を取られてしまう傾向にあります。
② 「転記・集計」の手間をゼロにする
専用の業務管理システムを導入する最大のメリットは、**「人がやらなくてもいい単純作業を機械に任せられる」**点にあります。
例えば、Excelでは「担当者が入力した進捗をマネージャーが別シートに転記してグラフ化する」作業や、「毎週の会議用に資料回収状況を並び替えてリスト化する」といった作業が発生しがちです。システムであれば、入力されたデータが即座にダッシュボードに反映され、リアルタイムで状況が可視化されます。
例えば、週に数時間かかっていた集計作業がゼロになれば、その分を顧客への提案や、スタッフのケアに充てることができるようになります。
6. おわりに
本記事のまとめです。
・繁忙期は「個人の頑張り」ではなく、工学的な**「プロジェクト管理」**で乗り切る
・業務を「分解(WBS)」し、共通言語化することでブラックボックス化を防ぐ
・「KPI」はノルマではなく、現場のパンクを防ぐためのセンサーとして使う
・スケジュールは「全体像(マクロ)」と「個別進行(ミクロ)」を使い分ける
今回ご紹介した手法は、まずは使い慣れたExcelやスプレッドシートで「主要な案件だけ試してみる」ところから始めることができます。
もちろん、組織が大きくなり、より確実な統制と効率化が求められるフェーズにおいては、Excelの限界を超えた「専用の仕組み(業務管理システム等)」への移行を検討するのも、持続可能な事務所経営の一つの選択肢として価値が高まります。
大切なのは、ツールそのものではなく、プロフェッショナルとしての貴重な時間を「管理作業」ではなく「顧客への価値提供」に使える環境を整えることです。
まずは今年の繁忙期、現状の管理方法で「どこに無理が生じやすいか」が自然と見えてくるはずです。無理のない範囲でメモしておくだけでも、来期の繁忙期を今より軽くできるはずです。
